愛国者のための経済ブログ

丹羽春喜先生や小野盛司先生に学びました。経済を中心に論じて行きたいと思います。ヘリマネを財源ととするベーシックインカムによるデフレ脱却を目指しています。

財務省のエリート官僚達はオルデカのいう大衆である

スペインの思想家オルテガ・イ・ガセットは名著『大衆の反逆』の中で、専門家を自己懐疑せず、権利ばかりを主張する、悪い意味での「大衆」の典型だと指摘しました。そのあたりについて、京都大学名誉教授で思想家の佐伯啓思氏の著書から引用してみましょう。

「ここで、オルテガはおもしろいことをいいます。今日における大衆の典型はいったい何かといえば、それは各種の専門家であるというのです。<中略>
科学的な専門家は、要するに自分の狭い世界のことしか知りません。<中略>にもかかわらず、自分の属している世界がすべてだと感じている。
その結果、自分がそのなかで育ち、獲得してきた世界についての見方がすべてを理解するカギだと思ってしまう。<中略>これで世界を動かすことができると考えてしまう。だから彼は積極的に政治にかかわり、彼の世界観や社会観が政治的に実現されるべきだと思っている。この一種の無意識の思い上がりこそが、現代の大衆の典型であるということなのです。
たとえば、経済なら経済という非常に狭い世界しか知らない。しかし、それにもかかわらず、経済の狭い世界が世界全体であるかのように、それが客観的な世界であるかのように思い込んでしまい、自分の狭い専門世界から得てきた意見が絶対的に正しいものだと考える。それは政治的に実現されるべき権利をもつと考える」(出典:『20世紀とは何だったのか ~西洋の没落とグローバリズム~』佐伯啓思PHP文庫 P199-201)。
(私の意見)---------------------------
オルデカの言う大衆とは、貧乏人の事でも、低学歴者の事でもない。

あるゆる分野の専門家の事である。世間的には例えば、医者という職業はエリートである。収入も社会的地位も高い。しかし、広い世間を知らず、自分の専門的な世界の価値観だけに生きていれはオルデカの言う大衆である。

例えば、大病院でその病院の院長になる事が、その病院の医師の狭い世界の価値観の中では絶対的な価値観になってしまう事は結構多いのである。その出世のためには、患者の命さえ犠牲にしてもいいという価値観を持ってしまう医師がいるという事は決して稀な話ではない。

もっと甚大な被害を及ぼしている例を言いたいと思う。財務省の話である。財務省のエリート官僚とは、東大をトップクラスの成績で卒業し、欧米のハーバードとかケッブリッジとかの大学院をやはりトップクラスの成績で卒業した超エリートである。

しかし彼らは、財務省という狭い世界の価値観で生きており、そこで出世する事にしか関心がない。財務事務次官になるという事が、彼らの最大の栄誉である。そのために、財政再建という誤った政策を行う事が至上命題となる。そのために、消費税を増税し、歳出を削減するのである。そのために国民が塗炭の苦しみを味わったとしても全く無関心なのである。

財務省のエリート官僚達はオルデカの言う大衆なのである。問題はその人達がものすごい権力を保持してしまっているという事である。